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2015.08.09 Sunday

4年ぶりの気仙沼

2011年の東日本大震災、僕は東北に親族などもおらず、自身が直接受けた影響と言ったら計画停電くらいなもので、

決してあの津波や原発事故の当事者ではありませんでした。

ただ、今までに見たことのない津波の映像や被災地の惨状を見ていて自分の中でいろいろと思うところがあり。

震災から約5か月経った2011年8月、宮城の気仙沼へ微力ながらボランティアへ行ってきました。



地震でうねった道を乗り越えて入った被災地で津波被害の凄まじさに衝撃を受けつつ、ボランティアセンターで作業をあてがってもらって

いろいろな現場に行くことに。

気仙沼沖合の大島へ船で渡って畑に打ち上げられたガレキの撤去、津波で流された漁網の片づけ、津波で泥を被った家での泥かきなど、

いろいろな作業をする中で同じように全国各地から個人でボランティアに来ている人たちと徐々に仲良くなっていきました。

  

  

当然宿もないので、みんなテントを持ってきてのキャンプ生活。夜はお酒を飲みながらそれぞれの被災地への思いなどを語り合い、

「震災5年目に自分たちがかかわった場所がどうなったかみんなで見に来よう」と約束し、それぞれのスケジュールを終えてお別れしたのでした。



そして2015年8月、約束した5年目の気仙沼へ先日行ってきました。ちょうど4年前に見た場所を回ったのですが・・・、

残念ながら津波で流されたガレキや壊れた家が片付いただけ。嵩上げが進んでいる場所以外はあまり景色が変わっていません。



港周辺もきれいな更地になってますが、草が目立ち新しい建物は建っていません。




賑やかだった港周辺も未だに仮設の商店街が点在するだけ。資金的に店を再建する余裕がある人は少なく、仮設店舗も使えなくなったら

そのまま廃業すると言っている人が多いそうです。

逆に大きく違ったのは港の漁船の数。4年前とは比べ物にならない数の漁船が停泊していました。

地元最大の産業である漁業はだいぶ立ち上がってきているようです。


↓は330トンの共徳丸が打ち上げられていた鹿折地区。



船は2年前にようやく解体され、現在は嵩上げがかなり進んでいます。住宅建設はまだですが、魚加工工場はいち早く復活していました。



お隣の陸前高田も行ってみましたが、こちらは巨大なベルトコンベアを使った嵩上げでとんでもない景色になっていました。



嵩上げ地は行政に安く買いたたかれるなどの地元の声も聞いて、はたして嵩上げ後にどれだけの人が戻ってくるのかと・・・。



こちらは4年前の気仙沼線の線路。鉄橋も所々崩落して、もともと赤字路線ということもあり復旧は難しいといわれていました。



下が同じ場所の現在の様子。元線路があった場所をバス専用の舗装道路にして、BRT(バス高速輸送システム)を走らせています。

これは利用者数や経費を冷静に考えたいいシステムだと思いました。バスが近づくとセンサーでバーが上がり一般の道路と交差します。



  
 


再会したボランティア仲間と夜飲みに行ったのが港近くの『福よし』。「美味しんぼ」で山岡さんが「世界一の焼き魚」と評したお店です。
http://tabelog.com/miyagi/A0404/A040401/4000193/




気仙沼ならではのサメの心臓やホヤ、カツオツブ貝ホタテヒラメなど、これでもかと盛られた刺身も間違いなくうまかったのですが

きちぢ(キンキ)、ホッケ、サンマの焼き魚がとんでもなく美味しかったです。
...

と、食事を楽しみながらも、店主のケンイチさんが話してくれたお話が印象に残りました。

震災前から人気店だった福よしを早く再開して、地元を盛り上げようと頑張って店舗を建て直したのに、その後港周辺の土地の嵩上げが決定。

なんと建て直した店を自費でまた壊さなければならないそう。「お金の補償もだけど、俺の寿命の補償をどうしてくれんだか…」とケンイチさん。


 

地元の大部分が望んでいないのに建設される10mの防潮堤、ようやく仮設でできたコミュニティが全く考慮されない復興住宅の抽選方法、

1億4000万円かけて樹脂で覆われた風になびかない一本松、そして被災地に付きまとう様々な利権。

岡山から毎年地元の生の声を聞きに来ているリーダー尾崎さんのおかげで地元の人の声をたくさん聞くことができましたが、

多くの利害調整の難しさと、融通の利かない行政と、そして復興予算に群がる民間業者のしたたかさを思い知らされました。




復興はまだまだ時間がかかります。できる限りの経済的な援助もがんばりつつ、これからも折を見て現地を訪ねて復興の様子を

見届けていこうと思っています。

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